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論文テーマ
「セルフケア能力が職業性ストレスに及ぼす影響~アンケート調査の結果から~」
【要約】
本研究は、主に医療看護領域で慢性疾患患者を対象に行われているセルフケア研究に、社会人という視点を取り入れ、日常の健康管理レベルで行う「セルフケア」はメンタルヘルスと関連するストレス反応の軽減に役立つかを検討した。
第1章ではセルフケアに対する関心の高まりにはどのような背景があるのかを述べ、関連する先行研究の紹介、セルフケアの現代的文脈における分類を行った。
セルフケアへの関心は1970年代に欧米において疫学が発展し、感染症対策から疾病予防に重要性がシフトし、公衆衛生に対する市民運動などが活発となり高まった。この活動は高騰する医療費を抑制したい各国の動きとともに世界的な潮流となった。
世界保健機構(WHO)は、1986年のオタワ憲章では「ヘルスプロモーション」を提唱し、2005年の「バンコク憲章」では個人のスキル開発の1つとして「ヘルスリテラシーの向上」を提唱している。日本においても、「健康増進法」を2003年制定し、現在は「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」を実施している。その中で、従来は、早期発見・早期治療を目指す二次予防、再発防止を目指す三次予防が疾病予防の中心であったが、これからは生活習慣を改善して健康を増進し、生活習慣病等を予防する一次予防に重点を置いた対策を推進するとしており、「セルフケア」は現代の社会的ニーズだといえる。
一方、セルフケアは非常に多義的で個別性が高い概念である。何をセルフケアとしてとらえるかは、文化的背景、個人の信念、健康に対する価値観を反映している。
日本におけるセルフケア研究は、西田(1992),宗像(1987),園田(1989)らが行っている。本研究ではこれらの研究を踏まえ、医療従事者などの専門家からの指示・助言の利用、動機や情報利用方法を軸にして以下にセルフケアを分類した。
①自立型セルフケア ②指示型セルフケア ③バランス型セルフケア
「自立型セルフケア」は医療従事者、専門家を頼らず自らの知識によりセルフケアを実施するもの。「指示型セルフケア」は、既に疾病があり医療従事者からのセルフケアへの指示、アドバイスがありそれに従うもの、もしくは、特に疾病は無いが医療従事者や専門家のアドバイスによるセルフケアを行うもの。「バランス型セルフケア」は医療従事者、専門家からのアドバイスを取り入れ自身の知識とあわせてセルフケアを行うもの。
また、セルフケアとヘルスリテラシーの関係性を言及した。近年はマスメディアによる医療情報の提供により医療知識が一般にも普及する一方で、医療事故、医療批判などに関する報道から現代医療に対して疑義を持つ人も存在する。こうした背景により、医療従事者を頼らず自己の知識(収集した情報)でセルフケアを行う人もいるが、セルフケア実施においてはヘルスリテラシーの向上が必要だといえる。何故なら、誤った情報を鵜呑みにしない批判リテラシー能力を培うことは、ネットなどを通じた情報が溢れている現代社会において自己決定を行う上で重要だからである。
以上がセルフケアに関する背景や概念である。現在のセルフケア研究の中心は、主に医療・保健分野の看護領域で「患者のセルフケア支援」としての研究が活発である。一方でメンタルヘルス対策としてのセルフケアは、厚生労働省(2017)が「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」で推進する労働環境の4つのケアのうち、労働者自身の「セルフケア」を一次予防として推奨している。こうした近年のメンタルヘルスケア対策の需要を受け、認知行動療法のセルフヘルプを活用し個人のメンタルヘルスを支援するスマートフォン向け「セルフケア」アプリケーションの開発など社会ニーズに応える動きもみられる。
このようにメンタルヘルス対策にセルフケアが推奨され、政府や企業もセルフケアの重要性を指摘しているものの、心理領域においてメンタルヘルスとセルフケアの関係性を検討する研究は少ない。
そこで本研究では、社会人を対象に職業性ストレスと生活を整えること、健康情報の収集といった行動も含めたセルフケア能力の関係性を明らかにし、セルフケアとメンタルヘルスとの関連性を検討することとした。
以下、アンケート調査結果について述べていく。
【調査目的】
調査の目的は以下の3点である。①セルフケアがメンタルヘルスケアに有効であれば、ストレス要因が高くてもセルフケアを行っていればストレス反応が軽減する、というセルフケアとメンタルヘルスの関連性を検証すること、②社会人を対象としたセルフケア能力およびセルフケア行動の調査、③生活を整えるような日常的セルフケア行動とメンタルヘルスとの関連性を検討すること。
【調査方法】
調査は社会人を対象とし、回答者209名(男性42名、女性165名、回答しない2名)であった。調査方法は個別入力形式の質問紙調査をWebで実施し、SNSを中心に展開し回答を募った。
質問調査紙は、職業性ストレス要因とストレス反応を測定する職業性ストレス簡易調査票(厚生労働省,2017)と、「セルフケア」を構成する概念のうち「セルフケア能力」と「セルフケア行動」に注目し、セルフケア能力を測定するセルフケア能力尺度はSCAQ(本庄,2001)を用いた。個別のセルフケア内容は、23個のセルフケア行動から選択、選択肢に無い場合は自由記述とし、セルフケア頻度やセルフケア効果に対する感想の回答を求めた。
【結果・考察】
その結果、①「ストレス要因が高くてもセルフケア行動によってストレス反応が軽減される」は支持されなかったが、下位項目においてはセルフケア能力によりストレス反応が軽減されることが示唆され、特定のセルフケア能力がストレス反応を軽減する可能性を示した。
そして、②の社会人を対象としたセルフケア能力およびセルフケア行動を分析した結果、全般的に回答者のセルフケアに関する意識は高く、何らかのセルフケアを実施しており、セルフケアを行わないとした回答者は209人中6名であった。セルフケアを実施する頻度も「ほぼ毎日」と「週に数回」を合計した回答は、85.7%と高い傾向を示した。
さらに、③生活を整えるような日常的セルフケア行動とメンタルヘルスとの関連性検討では、「疲労時の休息」、「疲労時の睡眠」といった日常的セルフケア行動を、7割を超える回答者が実施しており、「活気」「イライラ感」「不安感」「疲労感」といったストレス反応を軽減する傾向が示唆された。
従って、生活を整えるような日常的セルフケア行動はメンタルを含めたストレス反応に関連し、セルフケアの基盤となる行動として位置付けられと考えた。
また新たなセルフケアの視点として、セルフケアに含まれるソーシャルサポート的な価値観が示された。セルフケア能力の下位項目「支援してくれる人をもつこと」が「抑うつ感」も含めた幅広いストレス反応を軽減する傾向を示唆した。さらに、セルフケア行動の検討において、他者を必要とするセルフケアである「鍼灸・指圧・マッサージ・整体などの利用」が、身体への施術であるにもかかわらず「イライラ感」「不安感」といったメンタル面のストレス反応を軽減する傾向が示唆された。
このような自発的に専門家を頼るセルフケアは、「バランス型セルフケア」に位置付けられ、専門家などによる援助、セルフケアへの助言やサポートなどケア資源を利用しており、セルフケアに重要なヘルスリテラシー向上に繋がるとともに、ソーシャルサポート的な働きも期待され、社会人のメンタル面も含めた幅広いストレス反応の軽減に役立つと考えられる。
最後に、今後のセルフケア研究に関する課題は、セルフケアに内包されている個人的な価値観・目的に関して測定する尺度の作成であると考えた。
2022年3月
東京福祉大学心理学科4年
樋下田直美